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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)18号 判決

原告 増淵建次郎

被告 江戸川税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五五年八月三〇日付でした原告の昭和五四年分所得税の更正(但し、裁決により一部取り消された後のもの。以下「本件更正」という。)のうち分離短期譲渡所得の損失金額一五七万八五八一円を超える部分及び原告の同年分所得税に関する過少申告加算税賦課決定(但し、裁決により一部取り消された後のもの、以下「本件決定」といい、本件更正と本件決定とをあわせて「本件処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  本件処分の経緯は別紙一記載のとおりである。

2  本件更正には原告の所得を過大に認定した違法があり、したがつて本件決定も違法であるから、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因事実に対する認否

請求原因1は認め、2は争う。

三  被告の主張

1  原告の昭和五四年分の所得金額について

(一) 原告の本件係争年分の所得金額、内容は次のとおりである。

(1) 総所得金額 六〇九万〇六〇〇円

右金額は原告の給与所得に係る金額である。

(2) 分離課税の短期譲渡所得金額 零円

(3) 分離課税の長期譲渡所得金額 一九二三万〇九三六円

(二) 分離課税の短期譲渡所得金額について

(1) 分離課税の短期譲渡所得金額の内訳は、次のとおりである。

〈1〉 収入金額 一一〇〇万円

これは、原告が、昭和五四年五月二一日別紙二記載の土地・建物(以下「本件資産」という。)を速水利一郎に売却譲渡した譲渡代金である。

〈2〉 取得費 一〇七八万一〇〇四円

本件資産の取得費であつて、その内訳は次項(2)ないし(4)のとおりである。

〈3〉 譲渡費用 四七万六〇〇〇円

本件資産の譲渡に要した費用であつて、その内訳は次の(5)のとおりである。

〈4〉 差引所得金額 損失 二五万七〇〇四円

〈5〉 所得金額 零円

(2) 取得費について

原告は、本件資産を昭和四九年一二月一六日に鈴木昿二から一〇三五万円で購入取得し、その取得に際し次の費用を負担した。

〈1〉 仲介手数料 三〇万円

〈2〉 登記費用 一八万二〇九〇円

〈3〉 不動産取得税 八万八七四〇円

〈4〉 雑費 一万一九一〇円

〈5〉 借入金利子 四万九七八六円

〈6〉 合計 六三万二五二六円

(3) 取得費の借入金利子について

ア 原告は、本件資産の取得に際し、昭和四九年一二月九日原告の勤務先であるモービル石油株式会社を通じフアースト・ナシヨナル・シテイバンクから七六七万七〇〇〇円を借り入れ(借入利率は、六〇〇万円部分が年三・六パーセント、残りの一六七万七〇〇〇円が年七・二パーセントとなつている。)、昭和五〇年一月二四日からその元金・利息の返済・支払を行つていた。

イ ところで、譲渡所得の金額の計算上固定資産の取得費に算入する借入金利子は、後記(四)記載のとおり、当該固定資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の利子額であるところ、原告は、本件資産を昭和五〇年一月三一日から居住の用に供しているので、右同日までの借入金利子をその取得費に算入することができるだけであつて、それ以降の借入金利子は取得費に算入することができない。右同日までの額を求めると次の算式のとおり四万九七八六円となり、これが本件資産の取得に要した費用となる。

〈ア〉 昭和四九年一二月九日から同五〇年一月二四日までの分(昭和五〇年一月二四日支払分) 四万三三六二円

〈イ〉 昭和五〇年一月二五日から同年一月三一日までの分(次の〈A〉+〈B〉) 六四二四円

〈A〉 六〇〇万円に対応する部分 四一一五円

(算式) 50.1.24

元金 返済額 年利率 日数

(6,000,000-39,844)×0.036×7/365 = 4,115

〈B〉 一六七万七〇〇〇円に対応する部分 二三〇九円

(算式) 50.1.24

元金 返済額 年利率 日数

(1,677,000-4,598)×0.072×7/365 = 2,309

〈ウ〉 本件資産の使用開始の日までの分(〈ア〉+〈イ〉) 四万九七八六円

(4) 本件資産の取得価額及び建物の減価償却費について

原告は、本件資産の取得に際し、右(2)記載のとおり購入代金一〇三五万円及び取得費用六三万二五二六円合計一〇九八万二五二六円を出捐しているところ、本件資産のうち建物(以下「本件建物」という。)については、その譲渡所得の金額の計算上控除する取得費は、建物の取得に要した金額の合計額から期間の経過による減価額を控除することとされているので、次のとおり本件資産の取得費の額を算出した。

〈1〉 原告に本件資産を売却した鈴木昿二が本件建物を購入した価額 四五三万五〇〇〇円

〈2〉 原告の本件建物の購入価額と認定した金額 四三九万六二二九円

これは、右〈1〉の鈴木昿二の本件建物の購入価額から、同人の所有期間に対応する減価償却費に相当する金額を控除した残額である。

(算式)

〈1〉の金額 残存価額 耐用年数60年に対応する償却率 所有期間 減価償却費

4,535,000円×(1-0.1)×0.017×2年 = 138,771円

〈1〉の金額 減価償却費 原告の購入価額

4,535,000円-138,771円 = 4,396,229円

〈3〉 原告の本件土地の購入価額と認定した金額 五九五万三七七一円

これは、本件資産の購入価額一〇三五万円から右〈2〉の金額四三九万六二二九円を控除した残額である。

〈4〉 本件資産の購入価額中に本件建物の価額と本件土地の価額の占める割合

〈A〉 本件建物 四二・四七パーセント

〈2〉の金額 本件資産の購入価額

(4,396,229円÷10,350,000円 ≒ 0.4247)

〈B〉 本件土地 五七・五三パーセント

〈3〉の金額 本件資産の購入価額

(5,953,771円÷10,350,000円 ≒ 0.5753)

〈5〉 本件資産の取得に際し要した費用の合計額(前記(2)の〈6〉六三万二五二六円)を本件建物の価額及び本件土地の価額に案分

〈A〉 本件建物の価額に案分される金額 二六万八六三四円

(2)の〈6〉 〈4〉の〈A〉

(632,526円×42.47% = 268,634円)

〈B〉 本件土地の価額に案分される金額 三六万三八九二円

(2)の〈6〉 〈4〉の〈B〉

(632,526円×57.53% = 363,892円)

〈6〉 原告の短期譲渡所得の金額の計算上控除する本件資産の取得費の額(次の〈A〉+〈B〉) 一〇七八万一〇〇四円

〈A〉 本件建物の価額 四四六万三三四一円

これは、前記のとおり、建物の取得に要した金額の合計額からその減価の額を控除して算出されるものである。ところで、その計算に使用する耐用年数は、本件建物が鉄骨・鉄筋コンクリート造で、かつ、非事業用資産であることから、その耐用年数六〇年に一・五倍した九〇年が新築資産の法定耐用年数としてその基礎となり(減価償却資産の耐用年数等に関する省令(以下「省令」という。)別表第一及び所得税法施行令八五条参照)。更に、原告が取得した時点では本件建物が中古資産となることから、省令三条の規定に基づきその取扱いを定めた耐用年数の適用等に関する取扱通達(昭和四五年五月二五日付け国税庁長官通達直法四―二五ほか)一―五―二の規定を適用して次の算式のとおり八八年となる。

(算式)

法定耐用年数 経過年数 経過年数

(90-2)+(2×20/100) = 88年(端数切捨て)

この耐用年数を使用して本件建物の譲渡所得金額の計算上控除する取得費の額を計算すると次のとおり算出される。

(算式)

〈2〉の金額 〈5〉の〈A〉の金額 本件建物の取得価額

4,396,229円+268,634円 = 4,664,863円

本件建物の取得価額 残存価額 耐用年数88年に対応する償却率 所有期間 減価償却費

4,664,863円×(1-0.1)×0.012×4年 = 201,522円

本件建物の取得価額 減価償却費

4,664,863円-201,522円 = 4,463,341円

〈B〉 本件土地の価額 六三一万七六六三円

〈3〉の金額 〈5〉の〈B〉の金額

5,953,771円+363,892円 = 6,317,663円

(5) 譲渡費用について

譲渡費用の内訳は次表のとおりである。

順号

項目

金額(円)

〈1〉

仲介手数料

三九〇、〇〇〇

〈2〉

畳替費用

四三、七〇〇

〈3〉

表具代

一八、九〇〇

〈4〉

雑費

二三、四〇〇

〈5〉

合計金額

四七六、〇〇〇

(三) 分離課税の長期譲渡所得金額について

分離課税の長期譲渡所得金額の計算の内訳は、次のとおりである。

(1) 収入金額 二三二五万円

これは、原告が、昭和五四年五月九日千葉県柏市豊住五丁目七六番一二所在宅地(面積二六四・四七平方メートル)を青木商事株式会社に売却した譲渡代金である。

(2) 取得費 二七〇万五五〇〇円

原告は、昭和四三年四月一五日神谷操から同市豊住五丁目七六番所在宅地(四四六・二七平方メートル)を四〇五万円で購入取得するとともに、その取得に際し、仲介手数料一五万三〇〇〇円及び登記費用等の雑費一万八五九五円を負担し、更に右土地の改良費たる整地費用として三四万三七〇〇円を負担している。

右各金額の合計額四五六万五二九五円は、右(1)の土地に係る譲渡所得の金額の計算上控除する取得費の基礎となる金額であるところ、本件譲渡に係る土地は、右取得した土地の一部分であるため、その取得費の額を次の計算により二七〇万五五〇〇円と算出したものである。

(全部の取得費) (譲渡部分の割合)

4,565,295円×264.47m2(譲渡した面積)/446.27m2(取得した面積)= 2,705,500円

(3) 譲渡費用 五万六五六〇円

これは、登記費用三万五五〇〇円及び印紙代等雑費二万一〇六〇円の合計金額である。

(4) 差引所得金額 二〇四八万七九四〇円

これは、前記(1)の収入金額二三二五万円から(2)と(3)の合計金額二七六万二〇六〇円を控除した残額である。

(5) 短期譲渡の損失額 二五万七〇〇四円

これは右(二)(1)〈4〉の金額であつて、所得税法三三条三項の規定により、長期譲渡所得の金額から控除することとなるものである。

(6) 特別控除額 一〇〇万円

本件の土地の譲渡は、租税特別措置法三一条一項に規定する譲渡に該当するので、同条同項の規定に基づき前記(4)の金額から一〇〇万円の特別控除をしたものである。

(7) 所得金額 一九二三万〇九三六円

これは、前記(4)の金額から(5)と(6)の金額の合計額を控除した残額である。

(四) 借入金利子の取得費への算入の限度について

(1) 被告は、本件資産の購入に伴う借入金利子については、前記のとおり右資産の使用開始の日までの期間に対応する部分しか、取得費に算入しなかつた。これは昭和四五年七月一日付国税庁長官通達直審(所)三〇「所得税基本通達」三八―八(昭和五四年一〇月二六日付国税庁長官通達直資三―八「所得税基本通達の一部改正(譲渡所得関係)について」による改正後のもの。以下「取扱通達」という。)における、「固定資産の取得のために借り入れた資金の利子のうち、当該固定資産の使用開始の日(当該固定資産の取得後、当該固定資産を使用しないで譲渡した場合には、譲渡の日)までの期間に対応する部分の金額は、……取得費又は取得価額に算入する」との定めに従つたものであつて、右取扱通達は、借入金をもつて取得した固定資産の使用開始前の借入金利子に係る法人税の取扱いとのバランスを図つている個人の業務用資産の取扱い(所得税基本通達三七―二七)と個人の非業務用資産についての取扱いとの権衡を図る意図のもとに非業務用の固定資産についても当該固定資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の借入金の利子を取得費に算入する取扱いをするものであり、また、「使用開始の日」についても、これは、社会通念上その資産を本来の用途に従つて使用をなし得る状態に至つた日、すなわち前記資産をその取得目的に供する時を意味するものということができるものであつて、次のとおり、所得税法三八条一項の規定の趣旨に適合するものなのである。

(2) すなわち同条一項に規定する「資産の取得に要した金額」については、その範囲等を定めた具体的な規定はないから、ある金額(本件の場合は借入金利子の金額)が、右「資産の取得に要した金額」に含まれるか否かは、結局のところ一般に公正妥当と認められる会計原則、社会の取引実情、当該金額の性質、支出目的等を総合して判断すべきである。

本来会計学上取得原価とは、購入代価と付随費用の合計額をいうもので、ここに購入代価とは、資産の売買に当たつて売主が受け取る当該資産の代金であり、付随費用とは例えば当該資産の購入に係る引取運賃、荷役費、運送保険料等であり、当該資産が機械などである場合には据付費用、不動産などであれば登記費用、登録税などがこれにあたり、要するに資産をその取得目的に応する用に供するまでに必要な一切の費用と観念されている。

一方租税実体法上、取得価額に関する規定としては、例えば所得税法施行令一二六条の減価償却資産の取得価額に関する規定がある。同令一二六条一項一号の規定によれば、購入した減価償却資産の取得価額は、「イ当該資産の購入の代価(引取運賃、荷役費、運送保険料、購入手数料、関税その他当該資産の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)、ロ当該資産を業務の用に供するために直接要した費用の額」とされているのである。

この規定は、直接には減価償却資産に関する規定ではあるが、減価償却資産とともに同じく固定資産とされる非減価償却資産たる土地(所得税法二条一項一八号)の取得価額についても、同様に解して妨げないのである。

しかして、「資産の取得に要した金額」のうち購入代価を除く付随費用の範囲は、一般の取引実状から当該費用が資産の取得目的達成に合理的な必要性があるか、また当該資産の取得との間に実質的に関連性を有するか(取得目的との関係でその目的達成までに生ずる費用か)という基準により画するのが相当である。

してみると、資産の取得資金を賄う借入金は、資産取得のための資金調達手段であり、一般の取引実状から当該資産の取得目的達成との間に合理的必要性が認められ、また借入金利子は、資産の取得に伴つて生ずる費用であり、その目的達成までに生ずる借入金利子は当該資産の取得との間に実質的関連性が認められるから、「資産の取得に要した金額」に当たり、当該資産の取得費に算入することができるものと解されるのである。

そもそも譲渡所得の基因となつた資産は、一定の目的をもつて取得されたものである(取得目的は、取得後における当該資産の利用・処分状況から客観的に判断される。)。自ら利用する目的で取得する場合もあれば第三者に譲渡する目的で取得する場合もある。前者は取得した者が例えば居住するなどして当該資産を利用したことにより、後者は当該資産を第三者に譲渡したことにより、それぞれ取得目的が達成されたことになる。このような意味において、借入金利子のうち当該資産の取得目的達成に至るまでの期間に対応する金額は、取得との間に実質的関連性を有するものと認めることができるから、この限度で借入金利子の金額を取得費に算入するのが相当なのである。

(3) ある資産の取得価額は、本来資産の「使用」、「未使用」に関係なく客観的に決まつていなければならない。しかしながら、借入金利子は、時の経過に伴い債務が発生し確定していくものであり、右(2)のとおり取得目的達成までに発生したものは、取得目的との間に合理的必要性及び実質的関連性が認められるから取得費に算入することができるが、他方、取得した資産を一旦居住用等として使用開始すれば、その取得目的は達成されたこととなり、使用開始(取得目的達成)後に発生する借入金利子は、当該資産の保有に伴う費用であつて、その取得目的とは合理的必要性及び実質的関連性を有せず、取得費には算入されないのである。同法施行令一二六条及び会計学上の理論に照らしてみても使用開始後の保有に伴う費用は、取得価額(取得原価)を構成しないのである。

また、使用開始後の居住用資産からは自己使用による帰属所得(ないし使用の利益)が生じ、土地については帰属地代、建物については帰属家賃(他から借りたとした場合の支払地代・家賃に相当する利益)が生ずるところ、帰属所得も理論上所得であり、帰属所得に対応する使用開始後の借入金利子は、取得に要した金額とはいえず、当該資産の保有に伴う維持管理費とみるべきであり、譲渡所得の課税上所得を減額する要素たり得ないのである。

そして、譲渡所得に対する課税の趣旨が清算課税であり、取得費控除の趣旨が投下資本の回収部分を課税対象から除外することにあると考えると、使用開始前の借入金利子は譲渡所得によつて、使用開始後の借入金利子は帰属所得によつてそれぞれ回収されるものと解される。

したがつて、使用開始前の借入金利子は取得費を構成するが、使用開始後の借入金利子は取得費を構成するものではないのである。

(4) 原告は、当該資産を現実に使用したか否かにかかわらず、当該資産の取得のために要した借入金利子の全部を控除すべきであり、また、住宅ローン等借入金によらず手持資金で不動産を取得することができる者と借入れをしなければ不動産を取得できない者との担税力を比較しても借入金利子の全部を取得費として取り扱うことが極めて衡平かつ合理的であると主張するようである。

しかしながら、使用開始後にかかる借入金利子は取得費に算入されないことは前述のとおりであり、また、当該資産を手持資金で取得した場合、取得者は一方で右資金の運用による得べかりし経済上の予測利子相当額を失うわけであるが、右損失は譲渡所得の算定上何ら考慮されていない。したがつて、借入金によつて資産を取得したか、手持資金によつて資産を取得したか否かで譲渡所得における租税負担の衡平性を論ずることはできないのであつて、前述のとおり「資産の取得に要した金額」をいかに解するかという問題に帰着するのである。

なお、借入金利子は元本の返済により逓減し、資金運用による予測利子相当額は利子の元本組入れにより逓増することから、同一期間内では両者の間に看過できない程度の金額上の差はない。

(5) 以上述べたとおり譲渡所得の取得費について、借入金によつて取得した資産の使用開始前の借入金利子は、取得目的との間に合理的必要性及び実質的関連性が認められ取得費に算入されるが、使用開始後の借入金利子は、自己使用の帰属所得(ないし使用の利益)に対応する当該資産を保有するための維持管理費であり、当該資産を取得するという目的との間には合理的必要性及び実質的関連性はないから、取得費とはならないのである。

(五) 前記(一)のとおり、原告の昭和五四年分の総所得金額は六〇九万六〇〇〇円で分離課税の所得金額は一九二三万〇九三六円であるから、これの範囲内にある本件更正は適法である。

2  本件決定の根拠及び適法性について

原告の昭和五四年分の所得金額は前記1(一)のとおりであるところ、原告はこれを過少に申告していたので、被告は国税通則法六五条一項の規定に基づいて過少申告加算税の賦課決定をしたものであるが、右被告主張の所得金額により原告が新たに納付すべき税額二六万四〇〇〇円(同法一一八条三項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切捨てた金額)に対して一〇〇分の五の割合を乗じて算出した過少申告加算税額は一万三二〇〇円であるから、これの範囲内にある本件決定は適法である。

四  被告主張事実に対する認否及び原告の主張

1(一)  被告主張1(一)の(1)(2)は認め、(3)は争う。

(二)(1)  同(二)(1)の〈1〉、〈3〉及び〈5〉を認め、その余は争う。

(2) 同(二)(2)の〈5〉及び〈6〉を否認し、その余は認める。

(3) 同(二)(3)のうち、譲渡所得の金額の計算上固定資産の取得費に算入する借入金利子が当該固定資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の利子であるとの点及びこれに基づく算入すべき借入金利子の計算と、その額を争い、その余の事実は認める。

(4) 同(二)(4)のうち、減価償却費の計算の基礎となる取得に要した費用を六三万二五二六円とする点及び右金額に基づく計算結果を争い、その余の事実は認める。

(5) 同(二)(5)は認める。

(三)  同1(三)のうち(5)及び(7)を争い、その余は認める。

(四)  同1(四)は争う(この点に関する原告の主張は次の3のとおりである。)。

(五)  同1(五)は争う。

2  同2は争う。

3  非業務用資産の取得に必要、相当と認められる借入金の利子は、譲渡所得金額の計算上必要経費として控除されるべきことは、被告も認めるところである。問題は、算入されるべき借入金利子を、使用開始の日までに支払われたものに限るべきかどうかの点にあるが、借入金利子が資産取得のために必要な支出であることは、使用開始の前後によつて変わるものではないし、住宅ローン等借入金を用いずに非業務用不動産を購入することができる所得層の人々と借入金を用いざるをえない所得層の人々との担税力を比較するならば、借入金利子の全額を取得費として取り扱うことが、極めて衡平かつ合理的であるというべきである。したがつて、本件資産の購入のため借り入れた金員の利子は、その譲渡までに支払つた全額を取得費に算入すべきであつて、その額は、昭和五四年五月二五日までの一三四万五七九九円である。

なお、原告は、本件資産を転売目的で購入した(前主である鈴木昿二はこれを日本住宅勤労協会から購入しており、時価より低廉であつた。)のであるが、急に転売先がなかつたので、暫時転売を延期することとし、一時的に自己の使用に供することとしたが、ようやく三年余で転売先を成約し得たので、処分したものであつて、資金計画も転売を前提として樹てていたものである。

仮に使用開始後の借入金利子の取得費への算入が否定されるべきであるとしても、本件建物の課税上の耐用年数は六〇年を下らないから、原告が支払つた借入金利子の合計額を右耐用年数で除し、これに原告の本件資産の使用期間である三年二月を乗じた額である金七万一〇〇〇円は、取得費に算入されるべきである。

五  原告主張事実に対する認否

原告が本件資産購入のため借り入れた金員の昭和五四年五月二五日までの分の利子として一三四万五七九九円を支払つたことは認め、その余の主張は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本件の争点について

本件資産の譲渡所得を計算するにつき、これを購入するために借り入れた金員の利子として支払つた金員のうち、原告が右資産に居住するようになつた日である昭和五〇年一月三一日の翌日から本件資産を譲渡し借入金を返済した日である昭和五四年五月二五日までの分を、所得税法三八条一項の「資産の取得に要した金額」ではないとして控除しなかつた被告の取扱いが適法であるか否かが本件の争点であり、右の点を除けば本件更正が適法であることについて当事者間に争いがなく、また、事実関係もすべて争いがないから、以下右取扱いの適否について判断する。

二  借入金利子の取得費としうる範囲について

資産の価額に見合う資金を有しない者が資金を借り入れて資産を購入した場合においては、資金の借入れは、これがあつて初めて資産の購入が可能となつたものとして、資産の取得に必要不可欠なことであつたのであるから、その借入れをするについて必要であつた費用は、資産の取得に要した金額としての性質を有するというべきである。借入金利子は、右の借入れをするについて必要であつた費用といいうるから、これを資産の取得に要した金額でないということはできない。

もつとも、借入金利子が資金借入れの費用であるといつても、資金借入れの時点には、借入金利子は、将来これを支払うという約束があるにとどまり、これがその個々の支払期限に支払われるかどうかは不明である。そして、資産が取得された時には、利子の大部分は支払われていないが、それにもかかわらずとにかく資産の取得そのものはされたのであるから、その後に支払われる借入金利子は、取得のための費用とはいえないという考え方もありうる。しかしながら、借入金利子の支払約束は、法律上強制履行の可能な債務を発生させるものであり、資金の貸出しは、このような債務が当然支払われるとの信頼の上にたつてされるものであるし、資金を借り入れる側においても、利子を約束どおり支払つて信用を維持していくからこそ借入れによつて資金を取得できたものと考えている関係にあるから、借入れによる資金の取得したがつて資産の取得について、その後の借入金利子の支払が必要なものでないとか、関連性がないとかいうことはできず、借入金利子の支払が、資産の取得のために必要な費用の支払という面をもつことは否定し得ないものというべきである。

しかしながら、現に支払われた個々の借入金利子は、当該資産の譲渡の時点においてこれをみれば、当初の購入資金の借入れを可能とした利子支払約束の履行というにとどまらず、一定期間資金を借り続けることの対価という性質をも有するというべきである(借入期間が長ければ長い程、支払われる借入金利子の総額も多くなるという関係にあることが、そのことを端的に示している。)。そして、借入金によつて購入された資産について右の関係をみれば、借入金利子は、本来当該資産を保有する資金力のない者が、一定期間当該資産を保有することを可能にするための対価(費用)であるということになる。この場合無目的の資産保有ということはありえず、資産の保有は何らかの経済的目的をもつてするものであるから、借入金利子の支払は、その目的のための費用という性質を有することとなる。ところで、資産を保有する目的としては、値上りを待つて転売し利益を得る目的(交換価値支配の目的)又は居住し賃貸するなどして現に利用する目的(使用価値支配の目的)のいずれか又は双方がありうる。

譲渡所得課税は、いうまでもなく、資産の保有期間中の値上りによる所得について、その譲渡の際に清算して課税するものであり、資産の保有期間中これを使用する利益を考慮に入れるものではないところ、資産を保有する前記の目的のうち、交換価値を支配する目的のための借入金利子の支払は、当該資産の交換価値を支配すること及びその支配を一定期間継続することを可能とさせ、その結果、当該期間内における資産の値上りによる所得をもたらしたものとして、譲渡所得の計算上これを「取得に要した費用」と解することが可能であると考えられるが、使用価値を現に支配する目的のための借入金利子の支払は、資産の値上りとは何ら関連性を有しないから、譲渡所得の計算において費用として控除しえないものというべきである(この分は、仮に資産の自らによる使用の利益(いわゆる帰属所得)に課税される制度がとられるとすれば、その所得についての費用として控除されることとなるものというべきである。)。そうすると、借入金利子を取得費として控除するためには、そのうちから使用価値を現に支配するための費用である分を除外しなければならないこととなる。そして、資産の使用価値を現に支配するための費用である分とは、結局、当該資産を現に居住等の用に供した期間について、右期間内右資産の使用価値支配を維持することを可能とした借入金利子の分であるということになるから、借入金利子のうち右期間に対応する分が右費用である分となるというべきである。したがつて、借入金利子を取得費として控除するには、そのうちから当該資産を現に居住等の用に供した期間の分の借入金利子の金額を差し引かなければならないものというべきである。

以上によれば、資産の取得のために借り入れた資金の利子として当該資産の譲渡時までに支払われた金員の総額のうち、譲渡所得の計算上取得費とすることができるのは、当該資産を現に居住等の用に供していない期間の分の借入金利子の金額に限られるものといわなければならない。

三  本件における借入金利子の取得費への算入限度について

右の見地に立つて本件をみると、原告が、本件資産の取得に際し、昭和四九年一二月九日七六七万七〇〇〇円を、借入利率が六〇〇万円につき年三・六パーセント、一六七万七〇〇〇円につき年七・二パーセントの約定で借り受け、昭和五〇年一月二四日からその元金の返済及び利息の支払を行つてきたこと、原告は本件資産を同月三一日から居住の用に供したこと、同月二四日に支払つた利息は四万三三六二円であり、弁済した元金部分は、六〇〇万円に対する部分が三万九八四四円、一六七万七〇〇〇円に対する部分が四五九八円であること及び原告が右借入金の利子としてその譲渡までに総額一三四万五七九九円を支払つたことは当事者間に争いがなく、同月二五日から同月三一日までの七日間に対応する借入金利子の額は、次の算式のとおり六四二四円となる。

〈1〉  六〇〇万円に対応する部分 四一一五円

(6,000,000-39,844)×0.036×7/365 = 4,115

〈2〉  一六七万七〇〇〇円に対応する部分 二三〇九円

(1,677,000-4,598)×0.072×7/365 = 2,309

そうすると、本件資産の取得費に算入できる借入金利子の総額は、次の算式のとおり四万九七八六円となる。

43,362+4,115+2,309 = 49,786

原告は、本件資産を転売目的で購入した旨を主張するが、昭和五〇年一月三一日から右資産を居住の用に供していることは前記のとおりその自認するところであり、前記説示のとおり、借入金利子のうち、当該資産の使用価値を支配するための費用である分は現に当該資産を居住の用に供している期間に対応する分であると認めるのが相当であるから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、その譲渡の時までに支払つた借入金利子の合計額のうち本件建物の耐用年数(六〇年)に原告の本件資産の使用期間の占める割合の分は取得費に算入すべきであるとするが、かかる主張は、前記説示したところに照らし独自の見解として到底採用することができないものというべきである。

四  本件資産の譲渡所得の計算上控除すべき取得費の額について

本件資産の前主鈴木昿二からの購入価額が一〇三五万円であり、同人の本件建物の購入価額から、同人の所有期間に対応する減価償却費に相当する金額を控除した金額すなわち原告の本件建物の購入価額とされる金額が四三九万六二二九円であること、本件資産の取得費のうち仲介手数料は三〇万円、登記費用は一八万二〇九〇円、不動産取得税は八万八七四〇円、雑費は一万一九一〇円であること、本件建物は鉄骨・鉄筋コンクリート造で非事業用資産であり、原告の取得した時点では中古資産となること及び原告の取得時点で右建物は二年経過しており、原告が譲渡までこれを四年間所有していたことは当事者間に争いがないから、本件資産の取得費は、次の計算のとおり一〇七八万一〇〇四円となる。

(一)  本件建物の減価償却費 二〇万一五二二円

所得税法三八条二項二号、同法施行令八五条、一二九条、減価償却資産の耐用年数等に関する省令一条(別表第一)、耐用年数の適用等に関する取扱通達(昭和五四年五月二五日直法四―二五)一―五―二(二)、右省令四条(別表第一〇)、五条(別表第一一)、右施行令一二〇条一項一号イによれば、次のとおりとなる。

(1)  耐用年数 八八年

(法定耐用年数) (経過年数) (経過年数)

(算式) (90-2)+(2×20/100)= 88(端数切捨て)

(2)  右耐用年数に対応する償却率 〇・〇一二

(3)  建物の価額以外の取得費 六三万二五二六円

(仲介手数料) (登記費用) (取得税) (雑費) (利子)

(算式) 300,000+182,090+88,740+11,910+49,786 = 632,526

(4)  本件資産の購入価額中に本件建物の価額の占める割合 四二・四七パーセント

(原告の建物購入額)

(算式) 4,396,229÷10,350,000 ≒ 0.4247

(5)  右(3)の取得費のうち本件建物購入に要した分 二六万八六三四円

((3)の額) ((4)の率)

(算式) 632,526×0.4247 ≒ 268,634

(6)  本件建物の取得価額 四六六万四八三六円

(原告の建物購入額) ((5)の額)

(算式) 4,396,229+268,634 = 4,664,863

(7)  本件建物の減価償却費 二〇万一五二二円

((6)の額) (残存価額) ((2)の率) 所有年数

(算式)4,664,863×(1-0.1)×0.012×4 = 201,522

(二)  本件資産の取得費 一〇七八万一〇〇四円

(購入価額) ((一)(3)の額) ((一)(7)の額)

(算式)10,350,000+632,526-201,522 = 10,781,004

五  結論

以上のとおり、本件処分において争いのある短期譲渡所得の金額の計算上、控除すべき取得費の額を除くその余の部分については争いがなく、控除すべき取得費の額は、被告主張の額として誤りがないこととなるから、本件処分にはなんらの違法がないものというべきである。

よつて、原告の請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 中込秀樹 小磯武男)

別紙一、二〈省略〉

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